数日間twitterを使ってみて感じた事。

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いやあ、良く分からなかったけど使ってみると何でも良さが見えてくるもんですね。
twitter数日間使ってみて、思った事は「なるほど! こりゃいいね!」って事です。

twitterがブログと大きく違うのは、発信者と受信者の境界がすごく曖昧だって事じゃないでしょうか。自分がフォローしている人のつぶやきは自分のつぶやきと同列にタイムラインに表示されるので、常に自分は発信者であり、受信者であるわけです。そこにアクションとリアクションがあり、自分のタイムラインを作って行くと。

こういうと、要するにBBSと同じじゃないかという気もするけど、大きく違うのはBBSは話題単位でスレッドが存在するのに対し、twitterはアカウント単位でスレッド(というか、タイムライン?)が存在するという事。興味の対象は、ある限られたトピックではなく、人そのものって事なんですね。そこには大きな質的違いがあると思う。

んで、自分がフォローしている人(仮にAとします)のつぶやきは自分のタイムラインに表示されるけど、自分がフォローしている人を、フォローしている人(Bとします)のつぶやきは表示されないので、AさんがBさんのつぶやきにリアクションを入れても、もとのBさんのつぶやきを見てないから良く分からないわけ。でもまあ、それでもいいか、というゆるさがあるわけです。

で、あまりにそこの会話(twitterは本来的に会話重視のものではないと思うけど)に興味があれば、Bさんのつぶやきも見れば良いし、そこでその人に興味がわけばフォローすれば良いし、という選択肢がある。自分のtwitterワールドの広さは自分で決められる訳です。

理論的にはtwitterの全てのつぶやきを見る事は出来るだろうけど(神の目線ですね)、それは勿論現実的ではないから、自分のtwitterワールドでその一部を垣間みる訳です。この辺の構造は、僕らが認識できる世界そのものの構造に少し似ている気がします。

ああ、結構長く書いちゃったな。ま、気に入ってる所をようやく要約(だじゃれですぅ)すると、

※一回の投稿文字数が限られているので、言葉が簡素化されて言いたい事が抽出される。また全員のつぶやきがそうなので、文体(というほどのものでなくても)がクリスプになっても、違和感がない。

※色んな人の色んなつぶやきが並列的に(表示は直列的だけどね)見られるので、情報が適度に相対化され、感情的なものが薄まる。例えば一つのトピックに対し、話し続けて行くとどんどん視野は狭くなり、必要以上に深い話になりがち(もしくは感情に左右されがち)だけど、シリアスな事をつぶやいてる人の横で、腹減ったーみたいなつぶやきがあることで、いい具合に引いた目線で情報を見られる。

※空気を読まなくていい。というか、元々空気を読む事が不可能な仕様(それぞれみているタイムラインが違うからね)になっているので、それぞれなんの悪気もなく自分勝手につぶやけるわけです。みんな違って、みんないいわけです。これけっこう素敵な仕様だと思うな。世の中の諍いの殆どは、自分が認識している限定された世界への過度な自信によって起こると思うので。

※モチベーションが維持できる。これはかなり個人的な活用法なんだけど、僕は一人での(格好よく言えば孤独な)仕事が多いので、時々世間とのつながりを忘れて「ああーもういいやー俺なんかどうなってもー」と無気力になってしまう事があるんだけど、レコーディングの進捗状況なんかを(頼まれてもいないのに)一人つぶやいていると、しかもそれを誰かが見ているという事実があると、特にリアクションはなくてもモチベーションが維持できる。ピアノ終わった! とか、歌詞書けた! とかね。要するに「良く出来たねー。良い子だねー」と頭を撫でられたいんでしょうな。まあ、脳ってそんなもんだもんね。あ、でもだからといって俺のそういう細かい日報(というか、時報?)に、リアクションは要らないですよ。わざわざリアクションしてくれる優しい人がいると、逆に気を使いますので。

とまあ、この辺が気に入ってます。で、可能性も感じてます。興味のある方は

http://www.twitter.com/cuttjapan

を見てみてくださいね。で、アカウント作って僕をフォローしてくれれば、今のところ僕も皆さんをフォローしてますので、Welcome to my twitter worldになるわけです。良ければ、お越しをお待ちしとります。かなり敷居は低いと思いますよ。